第3段階 その4

 ONが出ない。来る日も来る日もアポを取って話をしているのに、一向にONが取れない。未だ卵状態のまま、ハイステージは中間地点にさしかかった。

 今日は全員が集まって実習を行う日。この日遅刻してきた人がいた。ミドルでも出発を遅らせたNさんだ。ルールには「遅刻しないこと」というのがある。だから普通に考えたらこの時点で彼女は脱落なんだが、S氏は彼女を許すか許さないかの判断を、メンバーにゆだねるという。
 「ミドルのときも遅刻したし、二度も許したらダメだ」と私は主張したが、大方の意見は「許す」。結局多数決でそうなった。なにかの実習の中で、「あなたは私を許してくれた」とか言っていたが、許してねぇよオレは。

 さて、記憶が薄くなったハイステージの実習の中でも、最も強烈に印象に残っているものがある。
 「大冒険」と名付けられるこの実習は、企業研修でも採用しているところがあるだろう。駅前で歌うとかのあれだ。要するに、「人前で、変なことをやる」。
 最初は、こんなことをやるなんて言われない。「大冒険という実習があります・・・やりますか?やる人は起立してください」とS氏。内容も知らせないで、やるもやらないもないだろうが。でもやらないわけにはいかないんだろうなあ・・・という感じで立った。周りを見ると、やっぱり全員立っている。
 全員の起立を確認すると、S氏は「冒険のメニュー」を提示した。交通整理員、仏像の格好で動かない、高いところに上ってセミのまねをする・・・など。どれを選ぶかはメンバーの自由。私は「通行人を笑わせる」を選んだ。これならできそうだ。

 現場に向かった。とあるデパート前の広場。ここでみんなそれぞれの「変なこと」を順番にやる。気の済むまでやったら、自分のグループのアシスタントに「完了です」と告げる。そこでOKを出すかどうかは、アシスタントの判断。
 始まった。端から見てると、みんなよくそんなことできるなあ、という感じだ。どういう境地になったら、ああいう風になれるんだろう。

 で、私の番。一口に笑わせると言っても、笑わせるどころか振り向いてもくれない。誰かに声をかけても無視されてしまう。恥ずかしい以前に、焦ってきた。
 一組の男女カップルの前で、すっ転んで笑わせようとした。いざ転んだら、男性の方が僕につまずいてしまった。男性は、私をかなり敵意のこもった目で見つめた。私は「ごめんなさい」と謝ったが、まさに一触即発で危なかった。
 もう嫌だ。こんなことはやりたくない。そんな一心でアシスタントに「完了です」と告げた。アシスタントは「本当にいいの?」と聞き返してきた。早く解放されたい。「もういい」と首を縦に振った。
 「じゃあいいです」とアシスタント。やっとのことで解放されたが、辛口のアシスタントからは、「あれじゃONは取れないと思った」と酷評され、他のメンバーからは「『真剣』が『深刻』になっているようだよ」と言われた。この「『真剣』が『深刻』になる」というのは、この後ずっと僕の心の中に引っかかり続ける。僕のエンロールはずっとそうだったのかも知れない。

 ある日、私たちより前に始まったハイステージの「卒業式」があった。これは公開で行われる。このハイステージは、最近非常にまれだと言われる「達成しなかった」つまりノルマが果たせなかったハイステージの卒業式だ。このハイステージでトレーナーを勤めたA氏は、「達成しなかったけど、大承認だ」と言った。しかし卒業式が終わったあと、前出の辛口アシスタントが僕に言った。「あれは『見せしめ』と思った方がいい」。達成しないとそんなふうに思われるんだ・・・。